東条地区の歴史遺産

行基や田村麿呂伝承を持ち、周辺には史跡も多い山寺。

仏智山明真寺

清滝観音堂を控えた信濃の古霊場

菅間集落の上部に位置し、古くは真言宗・練光寺の末寺で、仏智山不動院明真寺と号しました。
清滝観音の別当寺でもありました。
寺伝によると、聖武天皇の天平年間(729~749)遊行聖・行基が東国におもむく途中立ち寄り、
自ら千手観音を彫り安置した霊場とされています。
また大同元年(806)坂上田村麻呂の祈願により創建。
清滝寺と称し、三十六の僧坊と七つの堂伽藍を備えた大寺となったとも伝えられています。
文永年間(1264~1274)東条左衛門尉義俊が再建。
その後一時衰退しましたが、元禄六年(1693)に円如坊阿闍梨勝誉が再興しました。
現在の本堂は、嘉永二年(1848)の再建。本尊は釈迦如来。


  • 明真寺の入口。

  • 周辺には、複数の石塔・石仏が点在しています。

清滝寺盛衰記

かつて清滝辺に清滝寺という大寺があった。わが国最初の武家歴史書『吾妻鏡』の文治二年(1186)の「及貢未済の庄園目録」に「青滝寺」の名で登場する寺です。「清滝寺」の誤写で、荘園と同格の格式をもっていました。
松代方面から滝に向かって真っすぐに登る杉並木の参道は古風をとどめています。宝永三年(1706)出版の『つちくれかかみ』には、参道沿いに三重塔や三十六坊の跡が残っていたと記されています。
鎌倉初期の作という現清滝観音堂の本尊木造千手観音立像。応永十二年(1405)の墨書銘を持つ明真寺本尊の木造釈迦如来像。そして、竹原の石幢(笠仏)や般若寺の五輪塔群も清滝寺に関連した遺物だと推測されています。
建武三年(1336)正月、守護方に抵抗し清滝城に立てこもったという軍勢の中には、清滝寺衆徒や僧兵が多く含まれていました。
城方は敗れ、清滝寺はこの敗戦によって衰退したと考えられています。

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